Nobu's blog トレード日記

子育て日記としてスタートしましたが、子供が大きくなってくるとネタも少なくなってきたので路線を変更。FX、為替関連の中心に書いていきます。タイトルもトレード日記に変更。

カテゴリ:教育 > 論理的思考力

子供に将棋を教えるのにネット上の情報だけではやはり限界があり、初心者向けの将棋本を購入しました。購入した本はこの2冊。

 

カラー図解で見やすかったのと、息子が羽生名人の名前を覚えていたことが購入の決め手です。しばらくはこの2冊を片手に取り組むことになりそうです。

息子は家に帰ると早速読み始めたのですが、なんとそこには回り将棋やはさみ将棋など自分の知らない将棋の遊び方が書いてありました。そういうのを飛ばしていきなり本将棋で遊んでいたので少々混乱したようですが、すぐに色んな遊び方があると理解したようです。

結局その日は本の中にあった「歩落ち将棋」をやることにしました。これははじめたばかりの子供とやるにはとてもよいと思いました。将棋の醍醐味である駒を取ったり取られたりがいきなり始まるので退屈せずに駒の動きを学べます。

翌日はやはり他の遊び方が気になるようで、回り将棋をやることになりました。 やってみると将棋以外の意外な副産物が出てきたのでやってよかったと思いました。

まず始めるにはルールを知らなければなりませんが、せっかく本があるので私は息子に「読んでやり方を教えてよ」と言いました。息子は一通り読んでくれたのですが、「じゃぁ、どうすんの?」というとチンプンカンプンのようです。そこで私は気付きました。今まで絵本や図鑑を読むことはあっても、今回のような何かの解説本を読むことはこれが初めてだったのです。文章を表面的に読めても内容は理解していなかったのです。こうなると長文読解力が必要になるので、よい訓練になるなと思いました。これが一つ目の副産物です。もう一度読み返しながら、全部を一度に読むのではなく、実際に駒を動かしながら読むよう教えました。将棋を覚えながら読解力も訓練できる一石二鳥です。挫折しないように助け舟を出しながらやっていこうと思います。

次に、回り将棋をやると算数も練習できるということを改めて知りました。回り将棋ではサイコロの代わりに4つの金という駒を振ります。そして盤上にどの向きになるかで進めるマス目の数が決まるのです。スゴロクでも同様なのですがサイコロ4つ使うと暗算も少し面倒なのに対し、回り将棋の場合は0,1,5,10,100の組み合わせなので計算がしやすく、算数を習う前の子供に数の概念を教える良い題材ではないかなと思いました。これが2つ目の副産物。

また、回り将棋ならいままで見ているだけでちょっと嫉妬気味だった下の娘も一緒にできるので、兄妹仲良く遊べるモノが増えました。

子供のインターネット利用に関して、セキュリティ面においては一般に言われている通りで何らかのケアは必要です。この点については専門サイトの方が詳しいのでそちらを参照ください。ここでは学習面への影響を考えてみたいと思います。

よく言われているのが「検索に頼ると考える力が弱くなる」ということです。 レポートをコピー&ペーストで書いて出したりしたことが問題化した時期がありましたが、こうした問題が「検索利用で自分で考えなくなる」というイメージを作り出したのだと思います。

また、「検索に頼ると簡単に答えを求めたがる」という声もあります。上で述べた「考えない」とはまたちょっと違った「考えない」です。こういうことを言う人は「答えを調べる前に自分で考えろ」と言うのです。確かにそのように考えるトレーニングが必要な時期もあるかもしれませんが、私はそれは幼児期のそれも2歳とか3歳くらいのときだけでよいのではないかと思うのです。

 というのも、5歳とか6歳くらいになってくるとそれなりに自分で物事を考えるようになります。常に「なぜ?」といった疑問を持って色々なものを見ている年齢です。だんだん質問も高度になってきて、考える手掛かり無しに自分で考えろと言っても「わからない」で終わってしまう可能性も高くなります。検索というのはそういう考える手掛かりになるのです。

また、検索したからといって必ずしも自分の欲しい情報が一発で出てくるわけではありません。2語、3語組合せた検索をしたり、あるいは何個かサイトを見たりしながら自分の欲しい情報を組み立てていくのです。そういうことも「考える」ということのひとつだと思うのです。また、そうして得た情報が本当に正しいかどうかの確認も必要です。複数サイトを見たり、本を見たりしながら情報の真偽を確認するのです。

そして、さらにはその得た知識、情報で何をするのかということが大事になってきます。いわゆるアウトプット志向というものです。ネット上にある情報というのは既知のものであり陳腐化しています。そこにあらたな価値を載せなければその情報を得ても何も意味がありません。考えるトレーニングをするのであれば、得た知識から自分が何を思うのか、考えるのかを述べさせればよいのです。当然、冒頭のコピー&ペーストではダメです。それはアウトプットとは呼べません。

そもそも検索は何かの目的を持ってされるものであり、アウトプットを意識して調べるのものです。私の子供達は自然をそういうことをやってるように見えます。歌や踊りを覚えるため、絵を描くため、ときには漢字を調べたり、その他自分の疑問を調べたり。必要だから検索しているのであって、答えを得て満足ということではありません。すぐに実践投入です。

もしここでネット検索を制限したら、調べるのに手間取りなかなか目的は達成できません。いつの間にか調べることが目的となり答えを得て満足してしまいます。これでは本末転倒です。

私は新世代のデジタルネイティブは情報の真偽の確認やアウトプット志向というのも自然と身に付けていくのではないかと思うのです。 セキュリティには配慮しつつも積極的にネットの世界に触れていく方が、これからの時代に必要な考える力が身に付くと思うのですがいかがでしょうか。

ここのところ忙しくてブログを更新できていません。忙しい中もコツコツと更新している方というのは本当にすごいと思います。時間の使い方が上手いのでしょうねー。また、短時間で自分の言いたいことをまとめる力もあるのだと思います。

ところで、こういう能力というのはどういう仕事でも必要だろうと思います。どんなに良いアイデアを思いついても他人と協業してやらなければならないとすれば、人に説明する必要が出てきます。しかし、自分の言いたいことがうまく伝わらずもどかしい思いをしか経験のある人も少なくないはずです。こうした能力も小さいころからの訓練なのかなと思います。

私はどちらかというとそういうことが苦手な方です。やはり、それは家庭環境の影響が大きいかなと思っています。私の父親は典型的な「あ・うんの呼吸で全てわかれ」的な人で、母親もそういう父に黙って耐える昭和の人でした。そういう家庭で育ってきたので、あまり言葉で説明するという訓練を受けてきませんでした。そして、大学を卒業するまではそれで困ることもありませんでした。

しかし、社会に出ると一変します。 それでは全く通用しないのです。忙しい上司に何かを相談する場合には、要点をまとめ、簡潔に伝えないと相手にしてもらえないのです。それでも、新人の頃は少しは面倒見てもらえましたが、2,3年も経つと「それじゃぁ、わからない」と突き返されることが多々あり。途方に暮れた時期もありました。

面と向かった討論においては、その瞬間が大切です。あとから「あーだった、こーだった」など反論を思いついても後の祭りです。

こういう能力は社会人になってからでも一定のトレーニングを積めば習得できるもではあると思います。ですが、小さい頃から鍛えておくこともできると思います。 

例えば子供が何かを質問してくるとき。

どうも要領を得ない質問をしてくるときがありませんか?そういうときに先回りして子供の言いたいことをわかってあげてはいけません。わかってもわからない振りをすべきでしょう。どうてしても子供が上手く説明できなかったとしても、一度はうまく説明しようという努力をさせることが大切です。少しずつ助け舟を出しながら、自分が聞きたいことを自分の言葉で説明できるように導いてあげるとベストです。 

例えば子供がスーパーでお菓子を選ぶとき。

沢山並んでるお菓子から一つを選ぶのに迷ってることはありませんか?そういうときは「時間切れ」があるということを教えるのです。グズグズ迷ってると買えないというプレッシャーを感じることで、決められた時間でアウトプットを出すということを学ぶのです。そういうプレッシャ-を与えると、時には失敗もあるでしょう。先日も息子がそれでお菓子を買った際、挙句に選んだにもかかわらず、とってもマズイというオチでショックを受けていました。いつでも冷静な判断を下せるよう日頃から適度なプレッシャーを与えるこが必要です。

主にはこの二つでしょうか。

一方で、そういうプレッシャーから開放され、好きなだけ時間を使えるようにすることも大切です。創造力は時間に追われていては発揮できません。 

アウトプット重視の場面、創造力重視の場面において時間の使い方が違いますし、人によってその重心の置き方は異なると思います。自分の子供にとってどちらが良いのか?自分の子供はどっちに行きたいのか?常に注意しながらその行方を見守っていくことが大事ではないでしょうか?

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