先日、ニューヨーク・タイムズにスティーブ・ジョブズが自分の子供にはiPadを使わせていなかったという記事が掲載され一部で話題を呼んでいました。

記事では子供へのテクノロジー否定派としてジョブズの他にもワイアードの元編集長クリス・アンダーソンの考えも紹介しており、ハイテク・IT企業の幹部たちの多くは自分の子供にテクノロジーに触れることを制限しているというのです。

こうしたことは以前から言われており、また、私の直接の友人の中にも同様の考えを持っている人いたので今回の記事は決して驚くような内容ではありません。今回、iPadの生みの親であるジョブズが自分の子供に使わせていなかったということで、再び話題になったというところではないでしょうか?

しかし、だからといって子供のiPad使用をやみくもに制限するのは考えものだと思います。

例えばスティーブ・ジョブズについては、ではその子供たちは何歳なんだろうか?と調べてみると、1991年に再婚し、その再婚相手と3人の子供をもうけているようです。長男は1991年生まれ、末娘は1998年生まれだそうです。iPadの発売は2010年で、長男はすでに19歳、末娘も12歳になる頃で、もう十分に成長しているのです。

記事ではジョブズの子育ての考え方とiPadを結びつけていますが、ジョブズの子育て期間は実際にはiPadが発売される以前の1990年代から2000年初頭であり、その頃では極めて常識的な子育ての考え方です。また、当時のPCやインターネットの状況では、子供が楽しいと思えるようなものは少なく、子供向けのテクノロジーとはせいぜいTVゲームで、教育的に得るものはなかったということでしょう。

しかし今は違います。きっかけはiPadの登場ではありません。それより少し前のブロードバンド時代、あるいはweb2.0と呼ばれる時代の到来によって変わってきたのです。iPhoneやiPadの登場によりコンピュータの専門的な知識がなくても誰でも情報発信ができるようになり、相乗効果でコンテンツが爆発的に増えていったのです。もちろん玉石混交、子供にとって有害なものも多くありますが、有益なものも増えました。

うまく使えば子供たちの能力を伸ばしてくれますし、使い方を誤れば皆が懸念する依存症になってしまうでしょう。全ては使い方次第。そうしたリスクを理解した上で使うか使わないかの選択の問題なのです。

ハイテク・IT企業の幹部たちは経済力も十分あります。リスクをかけなくても十分な教育環境を整えることができるという見方もできます。しかしほとんどの人は子供の教育費は悩みの種です。それでも捻出できればまだ良い方です。世界には十分に教育を受けられない人も多いのです。

「世界中の子どもに初等教育」という難題(東洋経済オンライン)

こうした問題を解決してくれるのもiPadを始めとするテクノロジーです。

特にデジタルは、言葉の学習、文字の読み書きといった基礎学習との相性が抜群です、わざわざ学校で習う必要がないくらいです。そうして学習を効率化すれば小学校6年間で中学までの内容を無理なく修得できるのではないかとも思ってしまいます。また、全てをまんべんなく学習する必要もなく、自分の好きなことをとことん極めることの方が大事です。そうした教育方法への転換の可能性もデジタルテクノロジーがあってこそです。

そうやって一人ひとりが好きなことを極めていくなかで、ある子はiPadの動作原理に興味を持ちエンジニアになるかもしれませんし、ある子はそんことには全く興味がないけれど、iPadでYoutube見ながら歌を毎日練習していたら歌手になったという子も出てくるのではないでしょうか。