Nobu's blog トレード日記

子育て日記としてスタートしましたが、子供が大きくなってくるとネタも少なくなってきたので路線を変更。FX、為替関連の中心に書いていきます。タイトルもトレード日記に変更。

2013年09月

日頃からデジタル漬けの我が家の子供たちが、電子書籍と紙の本のどちらを選ぶかということは非常に興味ある話であります。結論から言うと現時点では紙の本を選ぶことが多いです。意外な結果かもしれませんがデジタルネイティブである彼らは本に関してはデジタルより紙すなわちアナログを好む傾向が強いです。

理由はいくつか考えられますが、一番はコンテンツ量の違いでしょう。

そして次に挙げられるのが本の選び安さ。書店や図書館にズラリと並ぶ本の中から面白そうな本を選ぶのと、端末上で選ぶのではその選びやすさが違います。

もうひとつ重要なのが画面の大きさです。マンガや文庫本なら電子書籍で事足りるかもしれませんが絵本や図鑑はページ見開きで本を視界いっぱいにして読みたいものです。

A4見開きに必要な画面サイズは22インチワイド以上が必要だそうですが、それだけ大きなサイズのものになると値段も高く重量も相当なので電子書籍としてはまだまだ使える代物ではありません。

一方で、デジタル絵本はダメなのかというとそんなこともなく無料版はそれなりに楽しんでいます。しかし、有料版を買ってくれとせがまれたことはほとんどありません。子供が積極的に有料版に欲しいと思うにはもうひとつ何かが足りないように思います。

また、6歳の息子の場合、図鑑などある程度の内容が体系的にまとまったものを読む際には紙を選択しているようにも思います。

6歳の誕生日に彼が欲しがったものは電車の図鑑でした。もちろん紙の。内容的にはネットでも知ることができそうなものばかりですが、それでも紙の本を欲しがったのです。今でも結構大事に読んでいて、出掛ける時などに持って行くこともしばしば。図鑑と実物を比べたり、路線図見たりと活躍してます。次のクリスマスにサンタさんに頼むのも紙の本のようです。 

ネット検索を自在に操れるようになっても紙の本を欲しがるということは、ネットだけでは不十分だということを自然と感じ取っているのかもしれません。 また、物体としての紙の本になんらかの魅力を感じてるということもあるでしょう。

また、動画や音声といった動的な情報はデジタルから、静的な情報は紙から得ようとしているのかもしれません。

いずれにせよ、我が家のデジタルネイティブは現時点において本は紙の方が好きなようです。

「書くな」といってもあくまで覚え方の話です。実はこうした考え方は私がオリジナルではなく、以前紹介したように石井式として既に確立された方法です。しかし、デジタルネイティブは石井式を知らなくても同様の方法を自然と実践してしまうのです。

その強力な学習ツールが日本語入力の漢字変換です。

「漢字変換で漢字学習」と聞くと驚く方が多いのではないでしょうか?一般には漢字変換は漢字を忘れさせる悪者として認識されています。しかし、果たして本当でしょうか?まずはその常識を疑うべきです。

文字を書いて覚えてきた我々世代は漢字変換に頼ることで漢字を忘れてしまうと思っています。それは半分は正しく、半分は誤解です。それは「漢字変換に頼ってばかりでいざ手で書くときに思い出せない」という自身の経験から漢字変換は字を忘れると思っているのです。しかし、「漢字変換に頼ってばかりで読めなくなった」という人はいないのではないでしょうか?

そうです。漢字変換は確かに書く能力を低下させますが、読む力を低下させることはありません。むしろ読む力を向上させることができます。

我々アナログ世代は字は書いて覚えるものと思ってきました。そして字を書かなくなると覚えられないと思っていました。しかし本来、読む力と書く力は別の能力です。そしてそのことに着目し幼児から漢字教育に取り組んだのが前述の石井式です。それをデジタル時代にアレンジすると「漢字変換で漢字学習」となるのです。

実践例として、まず私の妻がいます。私の妻は外国人で日本に来るまでは日本語をほとんどしゃべれず字も読めませんでした。しかし、来日1年くらいで漢字交じりの簡単な文章で携帯メールを書けるようになりました。彼女は携帯やパソコンの漢字変換で漢字を覚えたのです。

この方法は外国人への漢字教育としてとても効果的だと思います。話せても読めない、書けない外国人は多いです。しかし彼らの多くはローマ字なら日本語を読めます。ローマ字入力で変換をすれば漢字を使えるようになるのです。 読み書きを同時に教えるからハードルが高いのです。

私の息子も同様です。 彼の場合は文字入力以外でも漢字に多く触れることで覚えていきましたが、変換も彼の漢字学習に大きく寄与しています。3歳から漢字を読み始め、6歳の今は相当数の漢字を読めるようになっています。

もちろん、二人ともあまり字は書けません。それは書く練習が不足しているからです。妻の場合はいまのところ書く必要性があまりありませんし、息子の場合は小学校行って練習すればよいでしょう。

漢字が苦手な子に対しても読み書き同時に教えるのではなく、読みから教え、文字を読めることによって世界が広がるこ喜びを教えてあげる方がよいんではないかと思います。 

もともと漢字を読み書きできる人が漢字変換に頼ってばかりでは書く能力が低減していきます。それは事実です。しかし、まったく字の読めない人が漢字変換を利用すると読み方を覚えていくのです。

デジタル時代はこのように学習方法の根本から見直しが必要なケースも少なくないと思います。 

デジタル教科書の導入に関して未だに批判的もしくは不安に思う人が多いようですが、それはいわゆるゼロリスク志向に陥っているからだと思います。デジタル教科書に限らずICTの利用に関してはメリットばかりではなくデメリットもあります。だからと言って使わずにいたら使いこなす人との差は広がるばかりです。それはビジネスの世界ではもっとシビアに現れています。教育現場においてこのままICTを活用せずにいることによるデメリットもよく考えるべきでしょう。

このような格差はデジタルディバイド(情報格差)といって既に社会問題になっていますが、従来、デジタルディバイドというとパソコンの所有有無やネット利用環境の有無、すなわちハード面で語られてきました。しかし、最近ではハード面を整えても格差は埋まらないという結果も報告されるようになりました。以前書いたこの記事もその一例。もともと学習意欲の少ない子にパソコンを与えてもただの遊び道具になるだけで、学習効果が得られなかったというのです。

しかし、だからといって教育にデジタルは不要という結論は乱暴です。上手く活用できれば子供の可能性を大きく拓くことができるのも事実です。例えばネットを活用して16歳でMITに合格した少年の話題はまだ記憶に新しいです。

すなわち、今後デジタルディバイドについて語るときには所有の有無ではなく、その利用方法について考えるべきなのです。ICTを上手く活用すればビジネスにも学習にも高い効果を発揮しますが、一方で使い方を誤れば麻薬のごとくその精神を蝕むのです。そして後者になるのを恐れて利用を避けるのです。

では、もしこのまま日本の教育にICTの活用を取り入れなければどうなるのか?ますますデジタルディバイドが進むでしょう。そしてどんどん低年齢化していきます。もう既に小学校就学前に十分にネットを使いこなす幼児もいるのです。

そういう子はまだまだ少数派なので、今の時点ではそう目立たないかもしれません。しかし、世界に目を向ければそういう子供は沢山いるはずです。そして、それらの国では小学校からICTを活用した教育を受けており、中学生になる頃には相当大きな差になっているはずです。

ICTの活用を家庭教育に任せていてはデジタルディバイドがますます進むと思うのです。 デジタル導入にゼロリスクを求めた結果、諸外国に大きく遅れ、日本が衰退していく。というようなことがないことを祈るばかりです。

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