Nobu's blog トレード日記

子育て日記としてスタートしましたが、子供が大きくなってくるとネタも少なくなってきたので路線を変更。FX、為替関連の中心に書いていきます。タイトルもトレード日記に変更。

2013年06月

昨今の英語教育熱の高まりから我が子もバイリンガルで育てたいと考える親御さんたちは多いと思います。しかし、両言語ともに高いレベルで操れるバイリンガルになるためには相当な努力が必要です。言語学者の研究結果によると小学校卒業時点で5000時間くらい掛けるとネイティブ並みになるそうです。それがどれくらいかというと、小学校6年間で毎日2.28時間を英語の学習に割く必要があるということです。これを家庭学習だけで確保するのは容易ではありません。

子供とはいえ時間はとても貴重です。学校から帰ってくるのが15時から16時として就寝時間を22時とすれば家での活動時間は6~7時間です。その間に食事や入浴、宿題やって、友達と遊んでと子供も意外に忙しいです。そこに2時間以上の英語の学習時間を確保することは不可能と言って良いでしょう。

また、英語に時間を掛けるということは当然他のことに掛ける時間が減るということです。その辺のバランスを考えると1日1時間確保するのがやっとではないでしょうか。この場合、小学校6年間で2000時間強となり実用レベルの英語を習得するのに必要な最低限の時間数を確保できると思います。もちろん2000時間の中身も重要です。ただ英語を聞いてるだけでは話せるようにはなりません。実際に英語を使って話すシチュエーションがなければ会話力は向上しません。今ではオンラインスクールも沢山あるのでそういうものを利用するのも有効でしょう。

一方で、ネイティブ並みの英語力を目指さないのであれば、従来通り中学から始めれば十分。という意見もあるでしょう。それは確かに一つの考え方です。単に実用に耐える英語力の習得を目指すのであれば学習開始時期は大きな問題ではありません。中学からでも十分でしょう。

しかし、そうなると実用レベルの英語を習得できるのは早くても高校卒業する頃になってしまいます。また、現実には受験勉強が忙しくてあまり英会話まで手が回らないなんてこともあるでしょう。すると英語が使えるようになるのがどんどん後ろに行ってしまいます。「それでは遅い!」というのが私の考えです。

私は小学校卒業時点である程度の英語力を身に付けるべきと考えています。遅くとも中学卒業時点では英語で自由に扱えるようになっていて欲しいと思います。しかしそれはネイティブ並の発音を身につけるためではありません。その時点で英語が必要になるからです。もう少し正確に言えば、その時点で英語を活かそう思えば活かせる環境があるということです。いつか役立つなんていう気の遠い話ではなく、近い将来に目標を設定することで学習のモチベーションも上がると思います。

このあたりの詳しい話は次回述べたいと思います。 

つい先日もカタカナ外来語の乱用を憂いた団体がNHKを提訴するなんていうニュースがありましたが、この10年で本当に増えたと思います。日本語から見ると、外国語をカタカナを用いて外来語として取り込む手法はとても便利なのですが、英語を習得する上ではその理解の妨げになります。しかし日本に住む以上はカタカナ外来語とは付き合って行かなければなりません。

以前にも紹介したように私の息子は生まれてから3歳くらいまでは英語中心で育ちました。そして3歳の時点ではネイティブに近い発音が出来ていました。ところが、カタカナを覚えるとどうしてもカタカナを読むようになり、発音もカタカナに引っ張られてカタカナ英語になってしまいました。

そこで私は息子に「カタカナ語はあくまで日本語で英語ではない」と教えることにしました。例えば「虎」に対しては「タイガー」は日本語で英語は「tiger」 と教えるのです(もちろん発音を)。そうすることで両者を区別して理解するようになりました。

これは、外国人に日本語を教えるときも同様です。私の妻が日本に来た当初、「カタカナ英語が変だ変だ」と常々いっていました。そこで私は「いや、あれは日本語だから」と言って説明しました。すると彼女はだんだん日本人のようにカタカナ語を使えるようになりました。最初は英語の発音にこだわっていたのですが、日本語だと思った瞬間に受け入れることができたんだと思います。だいぶ理解してきたとはいえ、昨日も"lesson”が「レッソン」か「レッスン」で揉めました。発音的には「レッソン」の方が近いんですが日本語はなぜか「レッスン」なのでこれを説明するのが難しい。とにかくこうだといしか言えず、最後は納得してもらいましたが。

また、カタカナ語を先に覚えるとそれが先入観となって英語の理解を妨げます。例えば「ライト」という言葉。これだけでは何の意味かわかりません。車のライトならば「light」ですし、野球のポジションなら「right」です。単にLとRの発音を聞き分けられないだけでなく、話すときにも混同しがちです。なまじ「ライト」という日本語で覚えているだけに余計に覚えが悪くなるのです。「light」と「right」は簡単なので間違えないかもしれませんが、同様の例はたくさんあります。

ですから、子供がカタカナ外来語を見たときにはできるだけ語源を辿り、そもそも何語なのか?意味は?発音は?とチェックして教えておいた方が後々困らないでしょう。語源が英語でない場合は忘れてもいいかもしれませんが、英語圏でも使われている可能性もあるので知っていて損はないでしょう。

また、最近では冒頭の話のようにカタカナ語の乱発が目立ちます。しかし、もはや無理に訳語を付けない方が伝わりやすい場合も増えています。例えばスマートフォンは稀に高機能携帯電話と訳される場合がありますが、スマートフォンとかスマホと呼ばれることが一般的です。むしろ高機能携帯電話と言われると何のことがわからない人が多いのではないでしょうか?

この他にも多くの場でカタカナ語が増えています。しかしあまり長い単語や2語、3語と連なる場合は煩雑になって読みにくく、また意味もわかりにくくなります。 こうなってくると無理にカタカナにしない方がよいのではないかと思います。企業名や商品名は段々そうなりつつあります。たとえばアップル社のマックブックエアー。これでは一見なんのことかと思います。AppleのMacBook Airと書いた方がひと目でわかります。外資系だけではありません。冒頭に出てきたNHKも以前からアルファベットを使っています。これだってカタカナ表記にこだわるならエヌエイチケイと書くべきでしょうし、日本語にこだわるなら日本放送協会。しかしアルファベットのみだからでしょうか、NHKとなっています。そのほか日本企業も企業名をカタカナ表記からアルファベットに変えるところが増えています。

また、カタカナ語の意味を理解するためにわざわざ英語に戻して考えなければならないこともあります。例えばちょっと前の話になりますが、政府の予算の話の中でシーリングという言葉がよく使われていた時がありました。私は最初にこれを見た時にさっぱり意味がわかりませんでした。最初に思い浮かんだ言葉が”sealing”で密閉するという意味です。予算を密閉するのか?と思いましたが、文脈からどうやら天井を表す”ceiling"のようだとわかりました。

このようにカタカナ外来語は英語習得に弊害になるばかりか、日本語の中にも溶け込めなくなってきています。むしろ、アルファベットで表記した方が分かりやすい場合も増えてきているのです。将来は企業名や商品名だけでなく外来語はアルファベットで表記することが当たり前になる時代がくるかもしれません。カタカナは擬音とか強調で使うのでしょうかね。外国文化を取り込むことに貪欲な日本はついにアルファベットも完全に自国語として取り込む日が近いのかもしれません。

日本企業のグローバル化=海外進出と誤解している人たちが少なからずいるようなので書いてみます。そんなこと言っても日本企業が今以上のグローバル化に消極的なのも事実です。それが誤解の原因の一つでもあります。

もう少しわかりやすく説明すると、いわゆる海外進出として生産と販売は既にグローバル化が進んでおります。今後市場を開拓するにしても基本は今の延長上にあります。そして最近では生産だけでなく調達もグローバル化しています。かつては生産を海外に移転しても使う部品は日本製でした。それが90年代後半から一気に現地調達、海外調達が進みました。それが調達のグローバル化です。

調達がグローバル化してくると、開発スタッフは海外メーカーとのやり取りも増えてきます。海外メーカーと言っても様々なレベルがあり、日本法人がある場合もありますが現地の中小企業の場合もあります。いずれにせよ仕様書や図面は英語が基本となります。このように製品開発の現場においてはもう既に英語を使うことが日常的になりつつあるのです。そしてその際にわざわざ通訳や翻訳スタッフはつきません。昨今、英語教育の必要性が言われるのもこのような背景もあります。 

では今後どのようなグローバル化があるのか?それは楽天の英語公用化が答えを示しています。楽天が意図しているのは世界中らか優秀なエンジニアを集めることです。そのためには英語が通じる環境が必要なのです。グローバルな人材獲得競争の中で、日本語を条件に挙げた瞬間にその候補は狭まります。下手すれば上からゴソッといなくなって2流、3流のエンジニアしか残らない可能性があります。 また、日本人だけではグローバルなプラットフォーム開発などできません。人種や宗教を超えた多様性の中からしか生まれてこないからです。すなわち今後は商品企画・開発のグローバル化が求められるのです。

これに対し日本の他の企業は追従していないという指摘もあるかもしれません。それが冒頭に私が言った消極的という意味です。 本当は日本の各企業もその必要性に気付います。ただその歩みが非常に遅いのです。できれば現状維持としたい気持ちも作用しているでしょう。しかし油断してはいけません。変わるとなったら一気に変わるはずです。今はそのキッカケがないだけです。

日本はこれからますます少子化が進みます。人口が減れば当然、優秀な人材も減ります。そうなると企業は海外の人材へ目を向けざるを得ません。そうしなければライバル企業に太刀打ち出来なくなるからです。繰り返しますが、海外の優秀な人材を確保しようと思ったら日本語を条件にすることはできません。新興国や途上国では高等教育は英語で行われています。そして世界には日本企業以外にも沢山あります。そのときにどちらの企業を希望するかは自明のことです。

また、経営もグローバル化が求められています。海外投資家の信任を得るには経営の透明化、グローバル化が求められています。先ごろトヨタ自動車もついに社外取締役に外国人を登用しました。こちらも進みが遅いですが、時間の問題でしょう。経営者も今のように生え抜きが社内政治を勝ち抜いて登り詰めるようなポジションではなくなるでしょう。もちろん生え抜きが全滅するわけではないでしょうが、しっかりとした経営知識がなければ務まらない職になるでしょう。そして経営がグローバル化してくれば、当然会話も日本語から英語へと移行していくはずです。日本語が通用するのは日本型経営の会社だけになるのです。

自動翻訳の性能が上がることを期待する人もいるかもしれません。その可能性は否定しませんが、現時点で英語を学ばなくて良いと断言できるものでもないと思います。また、どんなに進歩しても話せるなら話せるに越したことはないと思います。コミュニケーションを取るのは仕事上だけではありません。社会がグローバル化してきたら結婚相手も日本人とは限りません。今よりも更に国際結婚が増えるでしょう。その時に翻訳機越しでは結婚生活もままならないでしょうから。

 

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